副園長 西山 真里
先週の朝のこと、年長の女の子が「まりせんせい、はい!これ!」とバスから降りると門にいた私のところにまっすぐに来て折り紙に書いたお手紙を差しだしてくれました。唐突な手渡しで、え、おてがみ?ありがとう~と言おうとしたときにはすでに背中を見せウッドデッキの方に駆けて行ってしまいました。『ようちえんへ いつもありがとう だいすきだよ』後でお母様にお話しすると、いつのまに書いたのか知りませんでしたとのこと。お家で一人折紙に向かい書いた素敵なメッセージ。いつも門にいる私にすぐ渡せるようにバスの中で握りしめていたその子の幼稚園への思いと、手渡してくれた途端に行ってしまった素っ気なさ。一瞬の出来事でしたが正面を向いて手から手へ受け渡された手紙とその思いは繫がりとても嬉しかったです。
6月初めの休日に園長と久しぶりに遠出し、群馬県の富岡製糸場に行きました。
明治5年、文明開化に伴う外貨獲得に生糸が輸出の大半を占めていた時代に、昔から養蚕が盛んだった富岡に建てられ、殖産興業の発展を担った官営(後に民営)の製糸工場です。世界遺産として今なおその建物が現存しています。
カイコを年長さんが大事に育てていること、また、私自身大学・大学院時代に経済地理学を学び繊維工業を専攻していたこともあり、とても興味深い場所でした。学生時代には「ああ野麦峠」「女工哀史」も読み、富岡でのことではありませんが、長野の製糸場に働くためにやって来た年若い女工たちの病気や雪の峠越え、低賃金等、社会の不条理の中で生存をかけた生き様に触れ、身につまされる思いをしたのを思い出します。 しかし富岡の地で、繭から糸繰りする機械やベルトコンベアが残る広く細長い工場内、診療所、社宅等を回り、再びレンガ造りの悠々とする建物を目の前で眺めると、明治初期からたくさんの人がそこにいたこと、機械の動く音や繭を煮る匂いがする中で仕事はもちろん食事を共にしたり会話したりする活気ある場であったこと、「人が暮らす」ところであったことに惹きこまれていきました。
峯岡幼稚園は今年6月10日に創立69年を迎えました。来年は70年になります。卒園児の数は5,000人を超え、地域の幼稚園として長年たくさんの方々に支えられてきました。幼稚園は子どもがいての幼稚園。先生もいます。家族もいます。この暑さの中、子どもたちは友だちや先生、虫や木の実、水と出会い、そこでのやりとりは一生懸命で素直でかわいくて面白いです。今週火曜日には園庭でセミが鳴き始めました。たくさんの人の思いや願いがこめられた幼稚園の歴史を繋ぎ、今の生き生きとした日常を皆で大切にこの先に紡いでいければと思います


















